「ダイスケ、そっちはまだ探してないよね」 「ああ・・・っと、こっちも無いみたいだ」 岩場の間を器用に渡り歩きながら、後方のブイモンへと声を返す。大輔はもう一度念を押して岩下を確認してからその場を立ちあがった。 「どうやらこっちは違うみたいだな。ヒカリちゃんたちの方へ戻ろうか」 「うん」 大輔の提案に、ブイモンも頷き返して駆け寄ってくる。 学校が全国的に夏休みへと突入したのはつい先日のこと。 大輔たちはこの長期の休みを利用して、デジモンカイザーの基地を探す作戦を展開していた。 「まったく、広いよなぁ〜。デジタルワールドは!」 手分けをして探したとしても手伝ってくれている太一たちを含めて総勢は11人。この広いデジタルワールドに対して、焼け石に水状態の人員だ。案の定、大輔たちの探索はそううまく行っているとは言えなかった。 けれど、日々勢力を増すカイザーの進行に対し、このまま指をくわえて見ているだけなんて大輔には我慢ならない。 「くっそ〜・・・一乗寺のヤツ」 いったいどこに行ったのか。 連日ニュースで流れている一乗寺賢の失踪に関する報道。この3ヶ月の間ずっと聞いてきたそれは、どれもが天才少年の突然の消失を大げさに脚色、騒ぎ立てるものばかりで。 キャスターの女性の甲高いわめき声には大輔も腹を立てたものだった。 その渦中の人・・・賢がいまどこでどうしているのか。大輔たちは知っている。 このデジタルワールドで――。 「好き放題、しやがって・・・」 止めなければ。 なんとしてでも、こんなことは止めてやらなければならなかった。 デジモンたちを苦しめるのと同時に、賢すらも自身を追いこんで、傷つけている――大輔にはそう感じられて仕方が無いのだ。 いままで何度となくぶつかったデジモンカイザーとの戦い。その中で賢から感じた孤独は、大輔の気のせいなんかではないはず。 「一乗寺・・・」 (きっと、話せばわかってくれる) ちゃんと話せば、分かり合えると思う。 だから、大輔はもう一度賢と会いたかった。 「ダイスケ?」 片方のソックスをクイッと引っ張られて、はたと振り返った大輔が見たものは、困ったような不思議そうな顔でこちらを覗きこむ、パートナーデジモンのブイモンの姿。 ついボーっと考え事に夢中になっている間に、足を止めて立ち尽くしてしまっていたようで。ブイモンは「みんなのとこへ行かないの??」という顔でこちらを見ている。 「ああっ、悪ぃ。ブイモン・・・戻ろうな」 「うんっ」 やっと大輔が自分を見てくれたことが嬉しかったのか、元気な笑顔でブイモンは手をパタパタさせて頷いた。そんな姿に顔をほころばせながら。 「さぁ。戻ろうか」 自分に言い聞かせるように、大輔はもう一度呟いた。 みんなの元に戻った大輔を待っていたのは、デジモンカイザーの拠点らしき建物を見つけたという伊織たちからの知らせだった。 「本当か・・・?本当に、一乗寺の、基地を・・・?」 「ええ!そうです。あいつ、でっかいクレーターみたいなところに大きな建物を建てて・・・たくさんの、デジモンたちをひどい目に合わせてました」 伊織が意気込むように説明をしようとする。けれど興奮しているせいか、どうにもイメージが掴めない。落ち着いて話をしろと言っても、いまの彼はかなりその光景に衝撃を受けたらしく、詳しい話を聞き出すのは難しく思えた。 かわりに、同じ場所へ向かっていた光子郎がみんなへ説明をする。 光子郎は基地の簡単な位置と、発見したときの状況などをかいつまんで説明した後、彼が手に入れてきたというパソコンからの映像を全員に公開した。 その光景を覗きこんで、大輔は息を呑む。 いや・・・大輔だけではない。その場の全員が多かれ少なかれ何らかのショックを受けたに変わりは無かった。 そこに映っていたのは。 「ひでぇ・・・」 太一が眉を寄せて、小さく呟く。その顔にはありありと悔しさが滲み出ており。デジモンカイザーによる非道な行為を、自分の力では防ぐことが出来ない・・・そのことからくる憤り。 それはそこの誰もが思ったことであったが。 大輔の視線は画面へとひきつけられていた。 正気を失ったデジモンたちの目。戦い、傷つけ会うものたち。それがさも当たり前のように繰り返されている。 傷つき、倒れたものたちの上を乗り越えて、新しいものが戦いに身を投じていく。飛び散った血飛沫に、大輔は思わず目を背けたい衝動に駈られた。 実際、ヒカリや京は顔をそむけ、目を硬く瞑っている。 「・・・このように、カイザーはデジモンたちを戦わせて、楽しんでいるようでした」 パタン、と映像を写していたノートパソコンを閉じて、光子郎が話を締めくくった。まだぼうっとしている大輔たちに、次にやるべきことと話しかけてくる。 どうします? そう尋ねられて、大輔はぐるぐるする頭のままに、思わずわめき散らしていた。 「そんなの、決まってる!基地に乗り込んで、進行をやめさせるんだ!」 こんな行為やめさせなくちゃ―― 一刻もはやく。 こんな悲しいこと、続けさせちゃダメだ! 「大輔君」 冷水のように被せられたタケルの声に、大輔ははっと顔を上げる。見ると、自分へと集まるみんなの視線・・・。 大輔は思わず感情のままに無謀な発言をしてしまったことに気づいた。 「気持ちはわかるけど・・・作戦を、考えなくちゃ」 宥めるような、タケルの言葉。 大輔は暴走して一人で熱くなってしまった自分に自己嫌悪しながら、こくりと頷いて謝った。 「わかってるさ・・・気持ちの話だよ・・・その、ゴメン」 我ながら情けない声を出していることはわかっていたけれど。大輔にはそれしか言葉を返すことが出来なかった。 頭の中は、まだ先程の映像が渦巻いている。一乗寺賢が重ねていく罪の現場。 今すぐにでも止めに行きたい気持ちが溢れてしまいそうで。 大輔は誰にも気づかれないように、ぎゅっと手のひらをきつく握り締めていた。 太一の提案により、カイザーの基地への潜入計画が一気に進められた。大輔たちがキャンプに行っていると装って、長期に向こうの世界へ滞在できるようにお膳立てしてもらうのだ。 あっという間に、日程が組まれてはやくも明日、大輔たちは旅立つことが決まっていた。 大輔は、太一たちが集まって計画の詳細を話し合っている様子を、輪の外からぼうっと眺めて。 「大輔君」 ふと、そんなところへタケルが声をかけてきた。 すこしうざったげに振り返った大輔に、タケルは常と変わらぬ笑顔を向けて、語り掛けてくる。 「ねぇ・・・元気無いけど、なにかあった??」 「な・・・っ、にも、ねぇよ!」 いきなり確信を突かれてどぎまぎしながら、大輔はしどろもどろの口調で反論する。そんないかにも怪しげな返答を、勘の良いタケルがどこまで信じたかは知らないが。 「ふぅん・・・?」 けれどタケルはそれ以上深く追求はせず、代わりにというか、そのままじっと大輔を見つめる。 「な・・・なんだよ??」 「いや。別に?」 身構える大輔に苦笑して、タケルは右手のひらをひらひらとさせて見せると、くるりときびすを返し、あっさりと離れていった。 「なんなんだ?タケルのヤツ・・・?」 はあ、とため息をついて緊張を解いた大輔に、今度は離れた場所からヒカリの呼び声か届いた。ヒカリのお呼びとあらば、といわんばかりに大輔はばたばたと駆け出していく。 その様子を見ていたタケルが、背後に近づいていた人の気配に気づき、振り返った。 「太一さん・・・」 いつのまにか、光子郎たちと打ち合わせをしていたはずの太一が後ろにいたことに驚きを覚えつつも、タケルは取り乱したりはせずに振り向きにっこりと笑いかける。 けれど、無理して笑ったことは、太一にはすぐに気づかれたが。 「気になるのか・・・大輔のこと?」 言われて、タケルは少々目を見張った。太一の、この観察力の鋭さには昔から驚かされる。光子郎たちとずっと話をしていたはずの太一は、今日は大輔とはまったく会話を交わしていないと言うのに。 「さすがですね、太一さん」 気づいてたんですか、と続けて、タケルはちらりと後ろの――ヒカリたちと談笑する大輔を覗き見る。 「ああ、同じサッカー部だったからな。あいつの性格は大体把握してるんだ」 太一は軽く頷いてからタケルに耳打ちするように告げた。 「大輔のヤツ、カイザー・・・いや、一乗寺のことで、堪えてるみたいだからさ」 お前が気をつけてやってくれ。 囁かれたタケルは瞳に強い輝きを持ったまま、小さく頷き返した。 大輔がデジモンカイザーとの間でなにかいざこざを持っていることは、何となく察していた。今回も、それをかなり気にしているようだと。 「あいつさ、サッカー部にいた頃もそうだったんだけどさ。結構、精神面で弱いって言うか、情緒不安定なトコあるから・・・――」 「はい。わかりました――気をつけます」 太一が大輔だけではなく、自分をも心配してかけてくれただろう助言に、タケルは嬉しく思いながら。 「大丈夫ですから」 心配しないで、とまでは言わなかった。 彼は兄。 心配するのことは、兄である彼の仕事のようなものでもあるのだから。 3年前に、彼の妹を託された、その時のように。 せいいっぱい自信を湛えた瞳でまっすぐに見返し。 「まかせて、太一さん」 同じように、答えを返す。 太一はタケルのその言葉に、一瞬だけじっと瞳を覗きこみ、次にはニッと笑って肩をばん、と叩いた。 「よし、まかせた!」 そしてタケルもまた、嬉しそうに破顔するのだった。 前日の夜は、一睡も出来なかった。 こんなのは初めてデジタルワールドに行った日の夜以来かもしれない。 いや・・・あの日とは明らかに違っていること。 それは、わくわくして眠れなかったあの時とは違い、もっとどんよりとした気分で迎えた朝。 気分は最悪で、大輔はデイパックを背負うとおもむろに家を出た。 夕べは、なんだか姉に今日のキャンプについていろいろ問い詰められたような気がする。心半ばに聞いていたのであまり覚えてはいなかったが・・・。 「ダイスケ〜?なんか元気無い〜??」 デイパックの中から顔だけ出して、チビモンが心配そうに問い掛けてきた。大輔は「ん。平気」と短く返して、歩き出す。 何にしろ、今日と言う日はもう来てしまったのだ。行くしかない。 向き合わなくてはならないことなのだから。 (一乗寺に、会う) 決心はついていたはずだった。 今日、心がぐらつくのはきっと夕べの睡眠不足が利いてるせい。 そう考えることにして。 世界にしばしの別れを、旅立ちの時を告げる。 「遅刻しないように行かなきゃな、置いてかれたら大変だ!」 なるべく元気に聞こえるように、大輔は掛け声をかけて走り出した。自分でも元気が出るように・・・そう思いながら。 「大輔〜、遅いわよぉ!」 出迎えたのは、調子っぱずれに元気な京の声。なんだか異常なくらいテンションの高い京の掛け声で、今日のゲートが開かれる。 決着がつくまでは戻れない。始まりを告げるゲートが。 「デジタルゲート、オープン!」 パソコンから溢れ出す光にのまれ、大輔たちは戦いの場へと赴いたのだった。 一日目の夜はあっという間に訪れた。 今日はなんだか色々あった気がする。 来てみれば、元の場所にカイザーの基地は無くて・・・。大輔たちは、消えた基地を追って移動することになった。 京が相変わらず異常に張り切りを見せて、暴走し――それはホークモンの負傷という結果を持って止まることとなる。 狂暴化したデジモンの襲撃・・・その攻撃で京を庇ったホークモンが、怪我をして倒れてしまったのだ。京は泣きながら謝り、手当てのために一人残ると告げた。それにヒカリが付き添うことになり。 一旦大輔たちは基地探しのために先行することにしたのだが。 残っていたヒカリたちがデジモンカイザーの移動要塞を発見して、メールで知らせを受け取った後、また合流したのだった。 一日の間にめまぐるしく以上のことがあり、全員疲れてすぐに眠りに落ちていった。 ぱちん・・・と薪の爆ぜる音だけが耳につく。 大輔はひとり眠れず、焚き火を眺めていた。 今日の京の暴走。 戦いへの覚悟、という言葉を受け入れることが出来ず、迷ってしまった京。みんなについていこうと、必死に強がって見せようとした、彼女の焦り。 静かに、揺らめく火に意識を集中する。 そうしていないと、余計なことを考えてしまいそうだったから。 彼女が恐れた、戦いと覚悟。 大輔もまた、それを怖がっているのだと。それを自覚してしまうのが嫌だった。 一乗寺賢と戦うという、決心など。 つけられるのだろうか・・・? 「俺は・・・」 「眠れないの?」 降ってきた言葉に、大輔は驚き顔を上げる。焚き火の向かい側から、タケルがこちらを見つめている。毛布代わりのケープを羽織ったまま、パタモンを起こさないようにと注意しながら大輔の隣へと移動してきた。 「お前こそ、寝ないのかよ?」 誰も眠っているだろうと踏んでいたので意外な話し相手に戸惑いながら、大輔は憮然と尋ねる。こんな相手に弱みを見られるのも癪だったからだ。 「わぷっ!?」 タケルが突然、持っていたケープをばさりと大輔に被せたので大輔は驚いて間抜けな声をあげてしまう。そんな子供っぽいしぐさにくすくす笑みをこぼしながら、タケルが不意に、手を伸ばしてきた。 「何すん・・・っ!?」 ぴたり。 ひんやりと、冷たい手のひらが額に触れる。 驚きのあまり硬直している大輔を余所に、タケルは「ん〜??」と唸りながら難しい顔をしていると、次には顔をあげ、じっと大輔を正面から見据えてきた。 「大輔君・・・キミさ」 「なんなんだよっ」 この間と良い・・・こいつの考えてることはいまいち良くわからんっ! そう心でコメントしながら、大輔は意味不明の行動を繰り返すタケルをキッと睨み返す。 「キミ、熱あるね」 「へ?」 生真面目な顔をして、何を言われるかと身構えていたら、突然そんなことを告げられて。大輔は思わず目を点にして聞き返していた。 「なんか元気無いな〜って思ってたら、やっぱり」 「えええっ??」 全然、本人でさえ自覚してなかったことを聞かされて、大輔は戸惑っていた。 確かに、昨日からぼーっとしてたことは認めるけど・・・今朝も、なんかぼーっとしてたのは認めるけど!! (全っ然、気づかなかった・・・) あまりにぼけっとしていたため、体の不調さえ気づいてなかった自分に呆れながら。 「大輔君?」 おろおろしている大輔のことを、しばらくは静かに見守っていたタケルだったが、不意にがしっと大輔の肩を掴むと、じっと彼に真剣な視線を向けて、尋ねた。 「何か・・・心配なことでも、あるの?僕たちじゃ、相談に乗れない??」 仲間なのに。 言外にそれを示されて、大輔は一瞬言葉に詰まる。 思わず頼ってしまいそうになる。タケルが本当に優しいことなんて、当の昔に気づいていたから。それに甘えてしまえば、きっとタケルは力になってくれると思う。 けど、それは大輔にとって、「負け」だと思っていた。 他人に頼ってしまう――自分で、考えを放棄すること。それは何よりも楽ではあったけれど、つまりは決定権を他人に委ねるということだ。 問題から、自分で逃げ出すコトになってしまう。 一乗寺の件だけは、投げ出したり、背を向けたりしたくないことだった。 自分だけで、決着をつけたいと。 (みんなには、悪いけれど・・・) そして、優しさを向けてくれるタケルにも悪いと思いながら。 「これだけは・・・ゴメン」 その一言だけでタケルはわかってくれるはず。 大輔の予想通り、タケルは微笑みを崩さないまま、「うん」と答えてくれた。その遠巻きに注がれる、温かい思いやりに。膝にかけられたケープをぎゅっと握り締めながら。 「じゃ、これくらいだったら」 「え・・・わっ!?」 頭からがばっと抱え込まれて目を白黒させた大輔へ、タケルの小さな囁きが耳元に届く。 「ちょっとだけ・・・これくらい、支えるのはいいだろ?」 今だけ、ほんの少しだけ。 支えてあげる力になれば。 ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香りに、大輔が照れた顔を見られまいと頭を伏せる。 (男がこんな甘い匂いさせてんなよな〜っ) 太一も確かこんな匂いをさせていた――。甘党な彼ならではのものだったのだが、同じような匂いのするタケルがそばにいると、まるで太一に励まされてる気分にもなってきて。 (くそー・・・太一先輩みたいだからだっ・・・だから、こんな気分になるんだっ) ぎゅっと肩にまわされたタケルの腕を握り返して、大輔は目を閉じた。 今だけは。 少しだけ、弱い自分のままで。 「おやすみ・・・大輔君」 意識の端に響く、心地よい声。 今夜はなんだかゆっくり眠れそうな気がした。 そうして翌朝。 「置いてかれたーっ!!」 絶叫する大輔の姿があったとか、なかったとか・・・。 風を切るようにして空を駆けるタケルの耳元に、彼のパートナーデジモンから疑問の声がかけられる。 「どうして、大輔を置いてきたんだ?」 ペガスモンの不思議そうな声に、タケルはふふっと笑って、別にと答える。その様子に、さらに疑念をつのらせて。 「ねぇタケル・・・」 「あのね、ペガスモン」 さらに追求しようとしたペガスモンの言葉をさえぎるように言葉を発したタケルは、どこか誇らしげにも見える表情でいて。 「僕ね、みんなを守って見せるから。ヒカリちゃんも、大輔君も・・・」 「・・・・・・」 真剣に語るタケルに、ペガスモンはもうそれ以上は何も言わない。 「きっと、守って見せるよ」 いつか、太一さんがそうした時のように――。 大切な、大切な仲間を守れるように、強くなる。 「タケルが言うなら・・・きっと、そうなると思う」 「うん。ありがとう、ペガスモン」 嬉しそうに笑いながら、優しくペガスモンの首を抱きしめたタケルは、遥か前方の地平線を見据え、指示を発する。 「さあ、行こう!僕たちが、いまやるべきことの待つ場所へ!!」 白い翼が、朝日にきらめいて羽ばたいた。 END. タケル。太一の後を継いだのは彼だと、私は思うのですが。あのクールさと良い、強靭な精神と良い。 大輔は何処か脆い雰囲気とかヤマト似っぽく感じます。 |