「そのことは、受け入れられない」
「え・・・」


 ふっと顔を上げた俺の目に、夕日に遮られて表情までは伺うことの出来ない・・・けれどスラリと伸びた細身のシルエットが飛び込んでくる。


「僕は、君たちの仲間にはなれない」


 冷たく言い放たれたその言葉に頭がついていかない。
 俺が一生懸命、その言葉を理解しようと思考をフル回転させる中。一条寺はそれを待つことなくきびすを返し歩き出していた。立ち去ろうとするその背中に、声をかけることすら出来ないで。
 どれくらい時間が経ったか。
 日差しが落ちて、辺りが薄闇につつまれ・・・吹き抜ける風がずいぶんと冷たいものだと感じるようになるまで、俺はじっと立ちつくしていた。


「大輔〜、どぉした?」


 荷物の中でじっと待っていてくれたチビモンが、いつまでも動くことなく立ちつくす俺を不振がって声をかけてきたのだが―――。
 それでも、俺は何が何なのか、わからない。
 ただひとつ、わかるのは。


「俺――・・・あいつに、嫌われた・・・みたい」


 振り向こうともしなかった。
 抑揚無く告げられた拒絶の言葉。
 その意味は。





 仲間になれると思った。
 いつも哀しそうな瞳を覆い隠すようにつけていたやつの仮面が砕け散ったとき。まだみんなとか・・・許せないところだって残ってるだろうけど。いまならきっと取り返しがつく、戻ってこれるって・・・俺は思った。
 嬉しい。あいつが自分を取り戻せたこと、デジタルワールドが平和を取り戻したこと、戦いが終わったこと、全て。
 そして何より――。
 あいつともう対峙せずに済むことが、俺にとって嬉しいことだった。
 これ以上誰も傷つけたくない、傷つけさせたくない。そう思っていたから。
 けれど――――
 どうやらそれは、叶わない望みだったらしい。





「デジタルゲート、オープンっ」
 聞き慣れた京のかけ声とともに、目の前のモニターが軽くフラッシュする。それを眩しいと感じる間もなく俺達に馴染みの浮遊感が襲う。
 デジタルワールドへの転移。それによって変わる視覚、感覚。俺達のデータはデジタル化されてブイモンたちがいる世界へと適応されていくらしい。
 らしい・・・というのは、以前デジタルワールドのことについて光子郎さんがいろいろと説明してくれたことを、ただ丸覚えしているだけだからだ。意味はよく分かってないし、それにはっきりと覚えてる箇所もあやうい感じもするし。
 とりあえず、難しいことは考えず俺にとってデジモンたちの世界は「ただそこにある事実」に過ぎないものとして存在していた。
 だって、実際そこにいるんだから、難しく考えたって仕方がないじゃないか。
「・・・じゃ、今日も手分けして街の復興作業にかかりましょうか」
「え??」
 突然戻ってくる重力と、自分を支える軽い重み。
 気づけば足が地面についていた。
 そこはもうデジタルワールド。デジモン達があたりまえに存在する、データで出来た世界だ。
 ゲートをくぐるのなんて考えてみれば一瞬の出来事。考え事なんかしてる時間なんてないのだから。すっかりぼけっとしていた俺は、ついみんなの打ち合わせを聞きそびれてしまっていたらしい。
「わり・・・何だって?」
「もー、大輔、しっかりしてよねぇ?」
 呆れたように溜息をもらし、それでもちゃんと説明をし直してくれる京。なんだかんだいっても、京は結構優しいところがあるんだ。考えなしに突っ走るように見えて、実は一番周りの奴らの気持ちを気にしてる。
 改めて説明されて、修復に向かう場所もわかった俺は、ひらひらと手を振って了解の合図を送り、ブイモンをつれて身を返した。
 なんか背中からタケルの声が聞こえた気がしたけど・・・ま、いっか。どうせろくなコトじゃないだろうし。
 だいたい、俺はあまりみんなと談笑する気にもならないんだ。
 先日の、一条寺の声がまだ耳から離れなくて。
 冷たく言い放たれた拒絶の言葉。それは、俺の頭の中をずっと占領したままで。授業も、大好きなサッカーの部活も何もかも、上の空で最近は一日を過ごしていた。
 パソコンルームにいった後もその状態は変わるわけでもなく、何度も京たちに先のような指摘を受け続けていたのだが。
「ダイスケー、本当に、大丈夫か?」
「平気平気。なに心配してんだよー、ブイモン?」
 昨日からぼうっとしがちな俺のことを、ブイモンはずっと気にかけているみたいで、何かある度には同じ様な質問を投げかけてくる。大丈夫だと俺が返したって、納得するわけでもなく返ってくるのは疑わしげな視線だけだ。
 まったく、信用無いな。
 まぁ、落ち込んでるってのは、確かなんだけど。





 デジモンカイザーだった頃の一条寺から、知ったことがある。
 それは底のない様な孤独と、絶望。
 一条寺はその闇に飲まれて自分の中にデジモンカイザーという殻を作ってしまった。彼は他人との接触を極端に嫌悪して。
 それが「寂しい」という言葉を伴い彼の孤独を感じたのはいつが最初だったか・・・。
 崩れ落ちるカイザーの要塞の中であいつの心の声をはじめてはっきり聞くことが出来たとき。俺が一番強く感じたのが「寂しい」と叫ぶやつの哀しみだった。
 どうして、そんな痛い想いに甘んじる?
 どうして、そんなにも自分を傷つけるんだ?
 どうして・・・っっ
 泣きたいくらい痛い心を感じながら、俺は涙も出はしなかった。
 泣くのは、一条寺だ。
 俺が代わりに泣いてしまったら、流れるはずだったあいつの涙はどこへ行く??
 痛みを溶かして流れてくれるはずの、涙はどこへ消えてしまう?
 乾いた瞳で我慢を続ければ、その心はいつかひび割れて壊れてしまう。
 水を失った、土地のように。
 彼にも傷つく心があった。
 慈しむ、気持ちがあったのだ。
 それを知ったとき俺の中で何かが告げたんだ。
『はやく、彼を取り戻さなければ、彼はコワレテシマウ』
 急げ、急げと。
 けど、俺がとってきた行動って、正しかったんだろうか?
 本当に一条寺を助けられるってそのために戦っていたんだろうか?
 わからない。
 わからなく・・・なってた。
 もしかしたら全ては自分のため。自分が悲しむのを恐れるあまり、一条寺を自分のもとに引き留めようとしていただけなのではないか。
 彼が心ない行為をするたび、自分が傷つくから―――。
 だとしたら俺がしたことは、全て押しつけがましい・・・エゴだ。





「ダイスケ、ダイスケっっ」
 覚醒は唐突だった。
 開いた目に飛び込んでくる緑の極彩にちかちかとした痛みを覚えながら俺はその視界の中で心配げにこちらを見つめるパートナーを確認して。
「なんだよ、ブイモン?」
 こきこきと、不自然な格好で寝ていたために痛くなってしまった首をほぐしながら、大きなあくびをひとつ。
 ここのところもやもやした気持ちを抱えて。そのせいでろくに睡眠もとってない俺にブイモンが言ったんだ。「作業はオレたちでやるから、ダイスケはここで休んでて!」って。
 有無をもいわせない剣幕に押され。実際眠くないわけでもなかった俺はありがたく休ませてもらうつもりだったけれど。
 どうも、夢見がわるかったみたいだ。
 うなされでもしてたのか、俺をのぞき込むブイモンの顔はさらに心配そうに歪んでいて。
 悪いことしたな・・・俺がただひとりで悩んでただけだってのに。
 それだけなのに、周りに迷惑かけてる。
 ブイモンにも、こんなに心配させて。
「ねぇ?そろそろこっちも見てくれないかな?」
「うわぁっ!!?」
 自己嫌悪にどこまでも落ち込んでいきそうだった俺に上から声が降ってきて。唐突に現れたタケルの存在に、俺は驚きのあまり飛び退いた。
「失礼だなぁーそういう驚きかた。まるで僕が化け物かなんかみたいじゃないか」
 いや、半ばあってる気がする。
 未だにつかめない部分の方が多いと言えるタケルのこと。
 だいたい、そうじゃないとしても、いきなりあんなふうに声をかけられたら誰だって驚くに決まってるじゃないか。
「大輔くん、こんなところでサボリ?いけないな〜」
 別段責めるような含みもない軽い口調で言い放ち、タケルは立ち上がろうとしてる俺に手を貸して。
「今日はそろそろ帰るってさ。なんか京さんも伊織くんも用事があるって。だから予定は繰り上げ」
 唐突に告げられた時間変更に、いまが一体何時なのかもつかめてなかった俺の頭はさらに混乱した。
「え、マジ?さっきはそんなこと言ってなかったのになぁ・・・?」
「だから、急にだったんだよ」
 けどみんなの予定だったら仕方がない。さぼってるのをタケルに知られたのは気まずかったけど・・・。
 俺はタケルの後に続いて、みんなの待つ集合場所へと歩き出した。






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